田中一生。たなか・いっせい。この道、13年目のベテラン指導者。
 静岡県生まれ。国文学修士。私立高等学校教諭、予備校専任講師を経て、99年4月に
独立して田中ゼミ開設。現在、浜松市内の予備校の非常勤講師(小論文・現代文担当)を
兼務。
 準公務員というべき私立学校3校、男子校・女子校・共学。予備校という名の株式会
社社員。アルバイトも兼務する自営業。東海道を東から西に東京から浜松まで転がる石
のように転々としてきた。
 学校の先生には「民間企業で社員をやらなきゃ世の中のことはわからんよ」と進言し、
会社員には「自営業をやらなくて、今の日本経済がどうなっているかなんてわからない
だろうなぁ」と忠告してしまう。むろん半分以上ハッタリ……。
 しかし、あえて自己宣伝すれば、この多彩で華麗な職業遍歴こそ、浅くとも広く何で
も知っていなければならない小論文の教師には幸いしていると信じている。
 もともと根っからの書き言葉人間。メールも好きなほうだろう。ただし、やたら長く
なる。大学生時代は「手紙魔」で知られた。一通もらったら、三通返事を書くといった
感じである。とくに大学院在学中には論文の書きすぎで、原稿用紙の枡目でないと文章
が書けなくなる「病気」にかかり、手紙にさえも原稿用紙を使用するようになり、多く
の知人友人の顰蹙を買った。
 大学生活独り暮らし7年、一つの安アパートで生活したが、テレビも電話もなかった。
ちなみに入浴は銭湯。カセットテープを聴く機械は持っていたが、そのほか音の出るも
のはなにもなく、世間の動きは朝日新聞の朝夕刊で知った。だからこそ交信手段として
郵便を頻繁に利用したわけだ。
 この7年で「書き言葉」への素地が培われた。「読むこと」「書くこと」が生活の基本に
なっていたからだ。その点、現代の平均的日本人の生活は「喋ること」「聞くこと」に基本
がある。それもなんとなくだらだらと喋って聞いての毎日だ。これではますますもって
「書き言葉」から離れてしまうだけである。
 新しく大学生になって独り暮らしを始める者には、テレビだけは当分買うのを待って
みろと言っている。携帯電話を持たない信条を頑固に貫く私だが、ケータイを捨てろと
はなかなか言えない。変なおじさんとしか思われないからだ。
 すっかりおじさんになってきた私も、近頃は「健康オタク」病で、健康のためなら死
んでもいいとばかりにありとあらゆる健康法を試行中。ちなみに自宅からゼミまで歩い
て45分かかるが、たいていは往復歩いている。カバンのなかには青汁・黒酢の錠剤、漢
方のアレルギー体質改善薬が入っている。
 機械音痴は短所のひとつ。必要に迫られて遅ればせながらホームページも立ち上げた
が、作成はもちろん更新そのほかの管理については、ゼミ出身の某大学生に全面依存し
ている。Tくん、ありがとう、今後もよろしくね。
 たとえ小さな私塾であってもたった一人で運営していくについては、これでも意外に
苦労が多い。自分にできることであればやれるのだが、苦手なことについてはついつい
先送りにしてしまいがち。集団で営んでいる会社がその点ではうらやましい。
 一人で事業を営むのと、大勢で事業を展開する違いは具体的なことで言うと、会議が
ないことだ。私が前に勤めていた会社はそれでも意外と会議らしい会議は少なかった。
ところがその前の学校は会議ばかり。それも生産性の低い会議が一日に二度も三度もあ
って当然だった。私塾をたった独りで主宰していての幸せは、あのなぜか体の芯から疲
れきる不毛な会議に出なくていいということだ。もっともいま会議がまったくないわけ
ではない。頭のなかではゼミのことをいつも考えている。あれどうしよ、これどうしよ、
と自問自答の会議で忙しい。なんせ、結果はすべて自分に返ってくる。他人や組織のせ
いにすることはできない。